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Season 0|移住準備編Episode 01

地方移住、それは1枚のチラシから始まった

東京にマンションを買って、15年が過ぎた。

23区内にしては建物がそこまで密集していない海沿いのエリアで、初めて物件を見に行ったとき、とても広々としていて、駅に降り立った時点で気持ちがよかった。

なんせ、その前は首都高が通る幡ヶ谷に住んでいた。

新宿まで2駅。
どこへ行くにも便利ではあったけれど、頭の上を走る高速道路に空を切り取られているような感じがして、空気もあまりよくなかった。

たぶん私は昔から、空が広く見える場所が好きだったんだと思う。

とはいえ、この頃の私に「自然の中で暮らしたい」とか「いつか地方へ移住したい」なんて気持ちはまったくなかった。

むしろ都会の便利な暮らしが好きだった。

それから私たちは、運河沿いのマンションを購入した。

住み始めた頃はまだ空き地も多かった街に、毎年毎年、大きなビルが地面から生えてくるみたいに建っていった。

レストランが増え、スーパーが増え、病院も店も増えた。

電車に乗らなくても、半径数キロでほとんどの用事が済む。

生活は年々便利になっていった。

住み慣れた街があり、よく行く店があり、家のローンも終わっている。

だから、ずっとこのままここに住むんだろうなあと思っていた。

少なくとも、引っ越さなければならない理由は何ひとつなかった。

唯一、不満があるとすれば――。

購入したマンションが、ペット不可物件だったことだ。

「犬とか猫とかいたら楽しいだろうなあ」

そんな話をすることはあったけれど、

「まあ、ここは飼えないからしょうがないね」

長いあいだ、それで終わっていた。

ところがある日、突然、一枚のチラシがポストに舞い込んできた。

2026年6月のことだ。

管理組合からの、

「ペット飼育に関するアンケート」

だった。

「ペットかあ」

「ワンコやにゃんこが飼えたら楽しそうだね」

私たち夫婦は、急にその気になった。

アンケートの内容は、たしかこんな感じだったと思う。

①反対
②小型犬のみ可
③猫のみ可
④小型犬・猫可
⑤頭数など飼育細則を設けたうえで可

翌月の総会で話し合うという。

私たちは迷わず⑤に○をつけて、アンケートを提出した。

そして一度「ペットを飼えるかもしれない」と思ってしまうと、想像は止まらなかった。

近所のホームセンターへ行けば、今まで素通りしていたペットコーナーを見るようになった。

保護犬、保護猫のサイトも見るようになった。

「犬だったら散歩はどこに行こうか」

「猫もかわいいよね」

「小型犬だけじゃなくて、大きな犬もいいよね」

そんなことを話しながら、まだ飼えると決まったわけでもないのに、勝手にペットのいる暮らしを想像していた。

今思えば、このあたりから私たちの暮らしは少しずつ妙な方向へ転がり始めていたのだと思う。

そして7月前半。

総会の結果が届いた。

「今回はペット飼育に関しては却下となりました。しかし、飼いたいという要望も多かったため、またアンケートを取ります」

ペットを飼いたい家庭はもっと多いんじゃないかと思っていたので、結果には少しがっかりした。

もちろん集合住宅なのだから、ルールをみんなで決めるのは当然だ。

頭ではわかっている。

でも、そのときふと考えた。

自分たちは、これからどんな暮らしをしたいんだろう?

マンションという共同住宅で暮らしている以上、ペットに限らず、自分たちだけで決められないことはたくさんある。

これまで特に疑問にも思わず暮らしてきたけれど、この小さなアンケートをきっかけに、初めて「暮らしそのもの」について考えるようになった。

そして、夫婦でこんな話になった。

「だったら、この地域で引っ越すのもありなんじゃない?」

住んでいるマンションの価格を調べてみると、購入した頃よりずいぶん高くなっていた。

「え、うちって今こんな値段なの?」

「だったら売って、ペット可のマンションに住み替えられるんじゃない?」

なんだか急に夢が広がった。

そうだ。

このマンションを売って、近所のもっと広いペット可マンションに引っ越そう。

犬も猫も飼える家にしよう。

この段階では、それ以上のことは何も考えていなかった。

地方移住?

古民家?

畑?

山?

そんなものは、私たちの人生計画のどこにも存在していなかった。

2026年7月前半。

私たちはただ、ペットを飼うために近所でマンションを探していただけだった。

そんな私たちの気持ちが大きく変わったのは、冷やかし半分で見に行った、東京湾を一望できるマンションだった。

景色でもなければ、価格でもない。

私たちを動かしたのは、もっと些細なことだった。

きっかけは――天井の高さ

記事まとめ

  • 15年前、空の広さに惹かれて今の街へ
    • 幡ヶ谷は便利だったけど、首都高に空を切り取られるような圧迫感
    • 海沿いの街に来て、広々した空気感を気に入る
    • 運河沿いのマンションを購入
  • 便利になっていく街で「ずっとここに住む」と思っていた
    • スーパーやレストランが増える
    • 半径数キロで生活が完結
    • 引っ越す理由は特になかった
    • 唯一の不満はペット不可
  • 一枚の「ペット飼育アンケート」が届く
    • 2026年6月
    • 犬猫を飼えるかもしれない、と夫婦で盛り上がる
    • 保護犬・保護猫サイトやペットコーナーを見るようになる
    • ペットのいる暮らしを具体的に想像し始める
  • 総会でペット飼育は却下
    • ペットを飼いたい家庭は多いと思っていたので少しがっかり
    • 集合住宅では、自分の暮らし方を自分だけで決められないと実感
    • 「これからどんな暮らしをしたいんだろう?」と考え始める
  • 「近所のペット可マンションに住み替えよう」が始まる
    • 今のマンション価格が上がっていることに気づく
    • 売って住み替える案が浮上
    • この時点では地方移住なんて全く考えていない
    • 次の内見で、人生の方向がさらにズレ始める