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Season 0|移住準備編Episode 01

15年憧れたマンションに、10分で冷めた日

2026年7月前半。

ペット飼育可のマンション探しが始まった。

まず見に行ったのは、この街に引っ越してきた15年前から、ずっと憧れていたマンションだった。

東京湾を一望できる高層マンション。

物件価格はちょっとお高め。

いや、ちょっとではない。

かなりお高めだった。

ただ、案内してくれた不動産会社の担当者によると、今回売りに出ている部屋は、

「このマンションの中ではお安くなっていて、お買い得ですよ」

とのことだった。

せっかくなので見てみることにした。

その部屋からの眺望は、残念ながら東京湾側ではなかった。

窓の向こうに見えるのは道路側の景色。

でも、私たちはそこについてはあまり気にしていなかった。

数年前、別のマンションを内見したときに、東京湾側の西日の凄まじさを経験していたからだ。

眺望がどれだけよくても、日中ずっとカーテンを閉めることになるのなら、あまり意味がない。

もちろん夜景は素晴らしいんだろうけれど。

それよりこのマンションには、敷地内にスーパーがある。

広々としたエントランスがあり、水辺があり、植栽があり、最上階にはなんとバーまである。

便利と無駄が同居する豪華マンション。

こういう無駄は嫌いではない。

むしろ大好物である。

15年間憧れていた建物だ。

さぞかし素敵な暮らしが待っているんだろう。

そんな気分で部屋に一歩入った。

そして、すぐに思った。

「ん?」

何かがおかしい。

今住んでいるマンションと、専有面積はほとんど変わらないはずだった。

なのに、やたらめったら狭く感じる。

感覚的には、3LDKを見に来たはずなのに、2LDKくらいしかないように思えた。

リビングも小さい。

和室も小さい。

洋室に入ると、なんというか――。

箱。

そんな言葉が頭に浮かぶくらい、妙な圧迫感があった。

私はかなり早い段階で、

「これは、なしだな」

と思っていた。

家で仕事をする時間が長い私にとって、この圧迫感のある空間で毎日過ごすのはしんどい。

あとで聞いてみると、夫もほぼ同じタイミングで、

「なしだな」

と思っていたらしい。

15年間憧れていたマンションだった。

それなのに、実際に部屋へ入ってから、わずかな時間で憧れはきれいに消えてしまった。

その理由のひとつが、天井の高さだった。

今住んでいるマンションの天井高は約2.6メートル。

今回見た部屋は約2.5メートルほどだったと思う。

たった10センチ。

数字だけを見ると、大した差には思えない。

けれど、梁の出方や部屋の広さ、窓の位置なども関係しているのだろう。

実際に中に立ってみると、私にはずいぶん違って感じられた。

私はここで初めて気づいた。

自分は「高層マンション」に憧れていたんじゃない。

広く感じる空間が好きだったんだ。

こうして、長年抱いていた「いつかタワーマンションに住みたい」という憧れは、驚くほどあっさり消えた。

普通なら、

「残念だったね」

と言いながら家に帰って、それで終わる話だったと思う。

ところが、この日の内見には続きがあった。

担当者に、今住んでいるマンションが現在どのくらいの価格で取引されているのか調べてもらったのだ。

出てきた数字を見て驚いた。

購入した当時のおよそ2.5倍。

マンション価格が上がっていることは知っていた。

ニュースでも聞いていたし、近所の物件価格を見れば何となく想像もできた。

でも、自分の家がそこまで値上がりしているとは思っていなかった。

私は軽く興奮状態になった。

しかも数年後には、近所に新しい駅が開業する予定もある。

マンション自体は、そろそろ築30年が見えてくる。

築年数だけを考えれば、いつまでも価格が上がり続けるとは思えない。

それでも新駅開業への期待もあってか、ここ数年、このあたりのマンション価格は上がっていた。

もしかしたら、もう少し上がるのかもしれない。

そんな話をしながら家に帰ったあと、夫がぽそっと言った。

「今、売ったらさ」

少し間を置いて、

「俺たち、働かずに生きていけちゃう?」

私は一瞬、意味がわからなかった。

そんなことを考えたことがなかったからだ。

このマンションに住み続ける。

それが私の人生の前提だった。

だから、自宅を「売れる資産」として考えたこともほとんどなかった。

でも、その言葉を聞いた瞬間。

頭の中に、それまで存在しなかった選択肢が生まれた。

そうか。

この家を現金化して、この街を離れることもできるんだ。

自分でも意外だったのは、その想像にほとんど抵抗がなかったことだ。

15年暮らした街だった。

便利だった。

好きな街でもあった。

ずっとここで暮らしていくつもりだった。

なのに、

「ここを離れてもいいのかもしれない」

と思った途端、不思議なくらい気持ちは軽かった。

むしろ私は、天井の低いマンションに何千万円も上乗せして住み替えることのほうが、どう考えてもしんどかった。

こうして私たち夫婦の前に、

「東京都内から、どこかへ引っ越す」

という新しい選択肢が生まれた。

ただし、この時点でもまだ――

地方移住をするつもりは、まったくなかった。

記事まとめ

·  15年憧れていたマンションを内見

  • 東京湾を一望できる高層マンション
  • 敷地内スーパー、豪華エントランス、水辺や植栽、最上階バー
  • 長年の憧れをようやく見に行く

·  部屋に入った瞬間の「なんか狭い」

  • 今の家と平米数はほぼ同じなのに圧迫感
  • リビングも和室も洋室も小さく感じる
  • 「3LDKなのに2LDKみたい」
  • 夫婦そろって早々に「なし」と判断

·  圧迫感の原因として天井高に気づく

  • 現在の家は約2.6m
  • 内見した部屋は約2.5m前後
  • たった10cmでも体感がかなり違った
  • タワマンへの憧れが一気に冷める

·  自宅マンションが購入時の約2.5倍になっていた

  • 担当者に現在の相場を調べてもらう
  • 想像以上の値上がりにびっくり
  • 新駅開業予定もあり、「まだ上がるかも?」という期待が出る

·  「売って、この街を離れる」という選択肢が初めて生まれる

  • 夫の「今売れば、働かずに生きていけちゃう?」発言
  • 自宅を“住む場所”ではなく“資産”として見るようになる
  • ずっと住むつもりだった街を離れる想像に意外と抵抗がなかった
  • ここで初めて、都内からどこかへ引っ越すという発想が生まれる