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Season 0|移住準備編Episode 01

森なら何でもいいわけじゃない。高低差のある土地を見て気づいたこと

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家を自分たちで作る。

そんな発想が出てきた頃から、私は「家」ではなく「土地」そのものを見るようになった。

それまでなら、

家がどんな間取りか。

築何年か。

薪ストーブがあるか。

ウッドデッキがあるか。

そんなところばかり見ていた。

でも、家を自分で作るなら。

必要なのはまず、

家を建てる場所である。

そこで私は、那須の土地物件を探し始めた。


森の土地なら、だいたい好きだと思っていた

この頃の私は、かなり森に惹かれていた。

明るい雑木林。

木漏れ日。

窓の向こうに木がある。

鳥が来る。

犬が走る。

薪ストーブに使う薪だって置ける。

だから、木の多い土地を見ると、

それだけでかなり好印象だった。

森だ。いいじゃん。

だいたいそんな感じである。

ところが、土地だけを見始めると、

「森がきれい」

だけでは済まなくなってきた。


森の角地を見つけた

ある土地の写真を開いた。

道路に面した角地。

大きな木がたくさん残っている。

緑もきれい。

雰囲気だけなら、

かなり好きだった。

しかし。

よく見ると、

道路と敷地の間に、

かなり高低差がある。

道路から一段上がったところに土地があり、

その境目には立派な石積みがある。

最初は、

「石積み、格好いいな」

と思った。

那須の森に、

古い石積み。

雰囲気がある。

でも。

家を建てて暮らすところまで想像すると、

急に話が変わってきた。


……車、どこから入るの?

まず思った。

車はどうやって敷地に入るんだろう。

道路より土地が高い。

なら、

どこかに進入路を作る?

傾斜を削る?

階段?

スロープ?

駐車場を道路と同じ高さに作る?

そうすると、

今度は造成の話になる。

土を動かす。

木を切る。

石積みを触る。

擁壁を作る。

……。

待って。土地を買っただけなのに、もう工事が始まっている。


「高低差」って、こういうことか

それまで物件情報で、

「高低差あり」

「傾斜地」

みたいな言葉を見ても、

あまり実感がなかった。

でも土地だけを見るようになると、

その意味が急に具体的になる。

建物をどこに置く?

駐車場は?

資材を運ぶトラックは入れる?

犬は庭を走れる?

高齢になっても歩ける?

雨水はどこへ流れる?

家の周囲をぐるっと回れる?

一つの高低差から、

質問が大量に生えてくる。


斜面の家は好き。でも斜面に住みたいとは限らない

ここで、自分でも面白いことに気づいた。

数日前。

私は、

森の斜面に建つ高床式のような別荘を見て、

「こういう家に住みたい!」

と盛り上がっていた。

斜面に浮くような家。

大きなデッキ。

その下には薪。

めちゃくちゃ格好いい。

でも。

自分で土地を買って、

そこに家を建てるとなると。

別に斜面じゃなくてもいいな。

むしろ、

平らなほうがいい。

見るのと、

暮らすのは違う。

写真映えする地形と、

毎日使いやすい地形も違う。

この頃から、

その区別が少しずつできるようになった。


石積みや擁壁は、景色だけ見ていてはいけない

石積みそのものは好きだった。

古い石。

苔。

森。

ものすごく雰囲気がある。

ただし。

それが敷地を支えているものなら、

単なる景色ではない。

もし傷んだら?

補修が必要になったら?

高さがあるなら?

建物との位置関係は?

そういうことまで確認しなければならない。

私はこの頃から、

物件写真を見て、

「かわいい!」

だけではなく、

「これ、将来お金かかる?」

と考えるようになった。

夢がない。

いや。

たぶん、

少し不動産を見る目が育ったのである。


犬の庭を作るなら、平らなほうがいい

私たちの場合、

もう一つ大きかったのが犬だった。

せっかく地方へ行くなら、

庭で思い切り走らせたい。

ドッグランを作りたい。

そう考えると、

急斜面だらけの土地より、

ある程度まとまった平場が欲しい。

畑をやるにしてもそう。

薪を割るにしてもそう。

薪棚を置くにしてもそう。

車を停めるにしてもそう。

平らな場所、ものすごく便利では?

東京に住んでいた頃、

土地について

「平らであること」

を条件として考えたことなどなかった。

普通に平らだったからである。

地方の土地探しを始めて、

初めてそのありがたさに気づいた。


でも、全部真っ平らなのも少し違う

ただ。

ここでまた私の面倒なところが出る。

平らな土地なら何でもいいかというと、

そうでもない。

きれいに造成された、

木が一本もない四角い宅地。

便利そう。

家も建てやすそう。

でも。

ちょっと違う。

私は森が欲しい。

窓の外には木が欲しい。

夏は木陰が欲しい。

鳥も来てほしい。

つまり、

欲しいのは

「完全な山」でもなく、
「完全な住宅地」でもない。


欲しいのは「使える森」だった

この頃から、

自分が欲しい土地のイメージが、

少しずつ見えてきた。

家を建てるところは平坦。

犬が走れる場所も平坦。

車が入りやすい。

でも、

敷地の端には木が残っている。

明るい雑木林。

木陰。

鳥。

薪にできる木もあるかもしれない。

つまり私は、

ただの森ではなく、

「暮らしに使える森」

を探していた。


家を見るより、土地を見るほうが難しい

家なら、

まだ分かりやすい。

キッチンが古い。

床が傷んでいる。

間取りが好き。

嫌い。

写真を見れば、

ある程度想像できる。

でも土地は、

ただ木が生えているだけに見える。

なのに、

道路との高低差。

平坦地の広さ。

擁壁。

水の流れ。

進入路。

木の位置。

いろんなものを考えなければならない。

家がないぶん簡単だと思ったのに、むしろ難しい。

また一つ学んだ。


「森がある」だけでは、候補にならなくなった

那須の土地を見始めたばかりの頃、

私は、

木がたくさん生えているだけで喜んでいた。

でもこの土地を見た頃から、

少し変わった。

森がある。

その次に、

平場はどれくらい?

道路から入れる?

大きな高低差はない?

家を建てる場所は?

犬は走れる?

と考えるようになった。

「森が好き」

という気持ちは変わらない。

でも、

好きな景色と、暮らしやすい土地は同じとは限らない。

そこに気づいたのは、

土地探しを始めてからだった。


そして、さらに変わった土地が出てくる

高低差。

石積み。

傾斜。

そんなものを見るようになって、

「土地っていろいろあるんだな」

と思っていた。

ところが。

この先さらに、

原野。

そして、

敷地の中を小川が流れている土地。

まで出てくる。

小川。

森。

木漏れ日。

写真だけなら、

めちゃくちゃきれい。

でも私は、

また考えることになる。

……これ、暮らすとなるとどうなんだ?

土地探しの沼は、

家探しより深かった。

🌲🏠