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那須の物件を見始めて、数日。
森の家。
ウッドデッキ。
薪ストーブ。
広い土地。
別荘地。
標高。
冬の暮らし。
最初はただ、
「那須って家が安いな」
と思っただけだった。
それがいつの間にか、
「こういう家に住みたい」
というところまで来ていた。
森の斜面に建つ家を見て、
理想の暮らしの形まで見えてきた。
そして私は、かなり本気で考え始めた。
那須に住むのも、ありかもしれない。
そこで。
ようやく一つ、
ものすごくまともな考えが浮かんだ。
……いきなり買わなくてもよくない?
まず借りて暮らせばいいのでは?
考えてみれば、
私はまだ那須で暮らしたことがない。
遊びに行くのと、
そこで毎日生活するのは全然違う。
夏は涼しいかもしれない。
でも冬は寒い。
雪もある。
水道管も凍る。
車が必要かもしれない。
買い物だって、東京ほど便利ではない。
森の中で暮らしてみたら、
思っていた以上に虫がいるかもしれない。
湿気がすごいかもしれない。
夜、暗すぎるかもしれない。
だったら。
一年くらい借りてみればいい。
春。
夏。
秋。
冬。
全部経験してから、
本当に気に入ったら家を買う。
……。
ものすごくまともである。
ここ数日、
薪ストーブから薪割りまで話が飛んでいた人間とは思えない。
条件は「ペット可」「戸建て」「薪ストーブ」
そこで私は、
今度は賃貸物件を探し始めた。
条件は、
まず一戸建て。
犬と猫がいるので、
ペット可。
できれば庭付き。
自然がある。
そして、
もちろん。
薪ストーブ付き。
ここ数日ですっかり、
薪ストーブが必須条件みたいになっている。
数日前まで、
薪ストーブの種類すら知らなかったのに。
人間の欲望は成長が早い。
「那須 薪ストーブ 賃貸」で検索する
検索する。
那須 薪ストーブ 賃貸。
これで理想の家がずらっと出てくる。
……。
と思っていた。
出てこない。
正確には、
ないわけではない。
でも、
少ない。
非常に少ない。
条件を足すたび、物件が消えていく
まず、
那須周辺の賃貸一戸建て。
これはある。
そこに、
ペット可
を足す。
減る。
さらに、
庭付き
を足す。
また減る。
さらに、
薪ストーブ
を足す。
……。
ほぼ消える。
検索結果が急に静かになった。
私の条件、もしかして面倒なのでは?
少し冷静になって考えてみる。
欲しいのは、
一戸建て。
ペット可。
犬が走れる庭。
自然が多い。
できれば森。
薪ストーブ付き。
長期で借りたい。
家賃は、できれば無理のない範囲。
……。
条件多くない?
自分でも思った。
しかも、
猫までいる。
ペット可と書いてあっても、
「小型犬一匹まで」
だったりする。
犬猫複数。
薪ストーブ。
戸建て。
長期賃貸。
かなりニッチな客になっていた。
貸別荘はいっぱいあるのに
さらに不思議だったのが、
短期滞在用の貸別荘なら、
たくさん出てくることだった。
森の中。
薪ストーブ付き。
犬OK。
ウッドデッキ。
おしゃれなログハウス。
あるじゃん!
と思う。
しかし。
一泊いくら。
二泊いくら。
一週間ならいくら。
旅行ならいい。
でも、
何か月も暮らすとなると、
話が変わる。
私は旅行に行きたいのではなく、
生活してみたい。
ここが大きな違いだった。
マンスリーという手もある?
そこでまた考える。
一か月単位で借りる。
マンスリー。
長期滞在プラン。
貸別荘をオフシーズンだけ借りる。
そういう方法はないのか。
探してみる。
あるにはある。
でも、
ペット。
薪ストーブ。
広い庭。
長期。
となると、
やっぱり簡単ではない。
なかなか、
「これ!」
というものが見つからない。
家賃を見ているうちに、妙なことに気づく
そして私は、
賃貸物件と売買物件を見比べ始めた。
月8万円。
月10万円。
月12万円。
仮に一年住めば、
100万円前後。
一方。
売買物件を見る。
500万円。
800万円。
1000万円。
……。
そこで、
非常に危険な考えが浮かぶ。
これ、買ったほうが早くない?
待て。
違う。
それは違う。
賃貸なら、
屋根が壊れたからといって全部自分で直す必要はない。
固定資産税もない。
売れなくて困ることもない。
気に入らなければ引っ越せる。
買うのと借りるのは、
全然違う。
頭では分かっている。
でも、
地方の中古住宅を見続けて価格感覚がおかしくなった人間には、
月10万円の家賃より、
「家500万円」
のほうが安く見える瞬間がある。
恐ろしい。
「試しに住む」が、思ったより難しい
私はこの頃、
移住する前に一度暮らしてみるという方法は、
もっと簡単にできると思っていた。
家を借りる。
一年暮らす。
気に入ったら買う。
実に合理的である。
でも現実には、
自分が住みたいような家ほど、
賃貸に出ていない。
森の中。
庭付き。
薪ストーブ。
ペット複数可。
そういう家は、
売り物件にはあっても、
長期賃貸ではなかなか出てこない。
ここで初めて、
「試しに住むための家を探す」という別の難しさ
を知った。
それでも、いきなり買うのは怖い
だからといって、
じゃあ買おう!
とはならない。
……少なくとも、
この日はまだ。
冬を経験していない。
交通事情も分からない。
生活圏も知らない。
那須のどのエリアが自分たちに合うのかも、
まだよく分からない。
家は安く見える。
でも、
安いからといって、
気軽に買っていいわけではない。
この頃の私は、
少しずつ、
「家が欲しい」と「その土地で暮らしたい」は別の話
だと分かり始めていた。
買う前に暮らしてみたい
たぶん私が欲しかったのは、
物件ではなく、
那須での日常を試す時間
だった。
朝、
犬を外に出す。
仕事をする。
スーパーへ買い物に行く。
薪ストーブを使う。
雨の日を過ごす。
冬を越す。
その全部を経験して、
「ここなら暮らせる」
と思えたら、
そこで初めて家を買えばいい。
この考え方は、
今振り返ってもかなり大事だったと思う。
そして私は、また売買物件のページへ戻る
ただし。
理想的な賃貸は、
なかなか見つからなかった。
そこで私は、
しばらく賃貸サイトを眺めたあと、
また売買物件のページを開いた。
……。
戻ってきてしまった。
我ながら、
意思が弱い。
でも、
森の家は売っている。
薪ストーブ付きもある。
庭もある。
安い家もある。
賃貸では見つからない条件が、
売買では普通に出てくる。
そして私は、
また物件一覧をスクロールし始めた。
せっかく一度、
「まず借りよう」
という正気を取り戻したのに。
正気の滞在時間は、短かった。



