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軽井沢もいい。
房総半島もいい。
伊豆も気になる。
沖縄の広いマンションにも心が揺れる。
日本全国の移住先を調べ始めた私は、候補地を絞るどころか、ますます決められなくなっていた。
どこにも、それぞれいいところがある。
高原は夏が涼しそうだし、森の中で鳥がぴちゅぴちゅ鳴いている暮らしも楽しそう。
海辺なら犬を連れて砂浜を歩ける。
沖縄や宮崎のような暖かい地域なら、冬も過ごしやすそうだ。
問題は、
全部いい。
ということだった。
移住先を探しているのだから、本来ならこの中からひとつ選ばなければならない。
そんなふうに思っていた。
でも、ふと疑問が浮かんだ。
そもそも、ひとつに決める必要ってあるの?
夏は高原、冬は暖かい場所へ行けばいい

東京の夏は暑い。
だったら夏だけ高原へ行けばいい。
軽井沢でもいい。
那須でもいい。
もっと標高の高い場所でもいい。
木陰があって、朝晩は涼しくて、窓を開けると鳥の声が聞こえる。
そんな場所で夏を過ごす。
でも高原は、当然ながら冬になると寒い。
雪が積もる場所もある。
それなら冬は、もっと暖かいところへ行けばいい。
房総。
宮崎。
沖縄。
春と秋は東京で過ごしてもいい。
そう考えてみると、
一年中、同じ土地の気候に付き合う必要はない
ような気がしてきた。
暑くなったら涼しいところへ。
寒くなったら暖かいところへ。
まるで渡り鳥である。
かなり都合のいい暮らし方だ。
でも、だからこそ魅力的だった。
「どこに住むか」ではなく「いつ、どこに住むか」
それまで私は、家というものは一か所にあって、そこに一年中住むものだと思っていた。
当然である。
子どものころからずっとそうだった。
家を買う。
あるいは家を借りる。
そこを住所にして、毎日帰る。
それが「住む」ということだった。
ところがバケーションレンタルや長期滞在について調べ始めてから、
その常識が少しずつ崩れていった。
夏だけ三か月借りる。
冬だけ別の土地で暮らす。
数か月ごとに場所を変える。
そんなことだって、やろうと思えばできるらしい。
そうなると移住先探しは、
「どこに住む?」
ではなく、
「いつ、どこで過ごす?」
という話に変わってくる。
私は一年を、十二か月ではなく、
住む場所で区切って考える
ようになった。
勝手に一年の予定を組み始めた
たとえば、
春は東京。
夏は高原。
秋は海の近く。
冬は暖かい南の地域。
もちろん、このころ本気で日程を決めていたわけではない。
でも頭の中では、だんだん具体的になっていった。
夏の東京が暑くなってきたら移動する。
数か月、高原で過ごす。
秋になったら別の土地へ。
寒くなってきたら南へ。
春になったらまた東京へ戻ってくる。
一か所に家を買ってしまえば、
その土地の暑い夏も、寒い冬も引き受けなければならない。
でも家を持たずに移動するなら、
その土地のいちばん気持ちいい季節だけを選んで暮らせる。
これ、かなりよくない?
と思った。
今思えば、このころの私は相当自由だった。
まだ何も決めていないからこそ、何でもできる気がしていた。
バケーションレンタルなら季節移住できるのでは?
そこで再び、バケーションレンタルが登場した。
家具がある。
家電もある。
ホテルより家らしく暮らせる。
キッチンもある。
物件によっては、数週間や数か月の長期滞在もできる。
だったら、
夏用の家を買わなくても、夏だけ借りればいい。
冬用の家も同じ。
毎年同じ場所へ行く必要だってない。
今年は軽井沢。
来年は那須。
その次は八ヶ岳。
冬も今年は沖縄、翌年は宮崎。
むしろ何年かかけて全国を住み歩けば、
本当に好きな土地が見つかるかもしれない。
いきなり家を買って、
「思っていたのと違った」
となるより、ずっと安全に思えた。
移住という言葉が、急に軽くなった
私はそれまで「移住」という言葉に、かなり重たいものを感じていた。
住み慣れた東京を離れる。
家を買う。
生活拠点を変える。
その土地に根を張る。
失敗したらどうしよう。
そんな大きな決断だと思っていた。
でも、
合わなかったら次へ行けばいい。
と考えると、一気に気が楽になった。
一年暮らしてみて違うと思ったら移動する。
夏だけ行ってみる。
何年か季節移住を続けてから、最後に家を買う。
そういう順番でもいい。
むしろそのほうが、
自分たちに合った土地を見つけられるのではないか。
「ここを一生の土地にする」
と決めてから移住する必要なんてなかった。
住んでみてから決めてもいい。
家を所有しない暮らしも悪くない
考えてみれば、家を持つということにはいろいろな責任がついてくる。
固定資産税。
修繕。
庭の管理。
留守中の家の心配。
古くなれば屋根や外壁も直さなければならない。
一方、借りる暮らしなら、
滞在が終われば鍵を返して次へ行ける。
屋根が傷んだから修理業者を呼ぶ必要もない。
庭木が伸びたから大規模に剪定する必要もない。
もちろん宿泊費や家賃はかかる。
でも、
家を所有しない自由
というものもあるのだと、このころ初めて考えるようになった。
軽井沢に別荘を買おうとしていた人間が、
今度は、
「むしろ家なんて持たなくていいのでは?」
と言い始めている。
自分でも忙しい。
季節を追いかけて暮らす
夏は涼しい場所。
冬は暖かい場所。
春と秋は好きなところ。
仕事はパソコンがあればできる。
だったら、自分たちが暮らしやすい気候を追いかけながら生活してもいい。
そんな発想は、東京でずっと暮らしていたころには考えたこともなかった。
住む場所はひとつ。
家もひとつ。
それが当たり前だった。
でも移住について調べ始めたことで、
その「当たり前」はどんどん崩れていった。
もしかすると、
移住先を決められないこと自体が、問題ではないのかもしれない。
決められないなら、
決めなければいい。
いろんな場所に住んでみればいい。
そのうち、
「ここなら長く住みたい」
と思える土地に出会うかもしれない。
当時の私は、そんな暮らしをかなり本気で想像していた。
夏は高原。
冬は南国。
季節と一緒に、自分たちも移動する。
想像しているぶんには、
最高に自由だった。
ただし。
私たちは、人間二人だけではない。
犬も猫もいる。

季節移住の夢を現実にしようとした途端、
次の問題が出てきた。
この大所帯、
いったいどうやって日本中を移動するのだろう。
そして私は、
またキャンピングカーについて調べ始めることになる。
この記事のトピック
候補地を絞るどころか、全国に気になる場所が増えていく
- 軽井沢
- 房総
- 伊豆
- 宮崎
- 沖縄
- どこにもそれぞれ魅力がある。
「ひとつに決める必要ある?」と考え始める
- 移住=一か所に定住、という前提そのものを疑う。
苦手な季節から逃げる暮らしを妄想
- 夏は高原。
- 冬は暖かい地域。
- 春秋は東京。
- 気候に合わせて自分たちが移動する発想へ。
「どこに住む?」から「いつ、どこに住む?」へ
- 一年を月ではなく、滞在する土地で区切って考えるようになる。
季節移住の年間スケジュールを考え始める
- 数か月ずつ各地に滞在。
- その土地のいちばん快適な季節だけ楽しむ。
バケーションレンタルと季節移住がつながる
- 家具家電付き。
- 長期滞在しやすい。
- 家を買わず、必要な季節だけ借りるという選択肢。
何年か全国を住み歩いてから定住先を決める案
- いきなり家を買うより、実際に暮らして相性を確かめたい。
- 合わなければ次へ行けばいい。
「移住」という言葉が急に軽くなる
- 一生住む土地を最初から決めなくてもいい。
- 移住失敗への心理的なハードルが下がる。
家を所有しない自由にも気づく
- 固定資産税や修繕、庭管理などを背負わず、鍵を返して次へ行ける暮らし。
- 「別荘を買いたい」から「家を持たなくてもいいのでは?」まで発想が変化。
ただし最大の問題は犬猫
- 人間二人だけなら身軽に移動できる。
- 犬猫を連れて全国を動くとなると話は別。
- 「どうやって移動する?」から再びキャンピングカーへ。


