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房総半島に6000万円の家を建てる計画は、いったん頭の隅へ追いやった。
さすがにこれは違う。
地方へ移住して、今より少し働くペースを落としたい。
そんな話から始まったはずなのに、気づけば新築の注文住宅に6000万円かけようとしている。
我ながら迷走していた。
でも、
海の近くに住みたい
という気持ちまでなくなったわけではなかった。
新築じゃなければいい。
中古住宅なら、もっと現実的な価格で見つかるかもしれない。
そう思って、私はまた海の近くの物件を探し始めた。
房総だけじゃない。海のある土地を次々に見始めた
房総半島を調べているうちに、検索範囲はさらに広がっていった。
伊豆。
宮崎。
沖縄。
少し前まで軽井沢の森の中にある別荘を見ていたはずなのに、今度は南国のマンションを眺めている。
このころの私は、本当に節操がなかった。
沖縄では、100平方メートルを超えるような広いマンションも見つけた。
東京で同じ広さを求めたら、とんでもない金額になる。
でも地方なら、こんな広い家で暮らせるのかもしれない。
暖かい。
海がある。
広い。
それだけで、また心が揺れた。
宮崎も気になった。
冬でも比較的暖かく、自然もある。
秋田の雪国で育った私には、
「冬でも雪に悩まされにくい」
というだけで魅力的に見えた。
そして、もうひとつ気になったのが伊豆高原だった。
海もある。高原もある。温泉もある。伊豆高原って最強では?
伊豆高原という名前を見たとき、
これはかなりいいのではないかと思った。
海がある。
高原らしい緑もある。
温泉もある。
別荘地でもある。
夫は山がいい。
私は海がいい。
だったら、
海と山のあいだを取ればいいのでは?
なんとなく、そんなふうに思った。
海を眺めながら暮らせて、少し高い場所なら景色もいい。
犬と海にも行ける。
自然もある。
温泉もある。
いいことだらけに見えた。
そこで伊豆の物件をいくつも覗き始めた。
写真だけを見ると、本当に素敵だった。
窓の向こうに海。
斜面に建つ家。
高台から見下ろす青い景色。
「こういうところで暮らしたら気持ちいいだろうな」
と思う。

ところが、物件情報を読むうちに、
今まであまり気にしていなかった言葉が、どんどん目につくようになった。
傾斜地。
擁壁。
私道。
土砂災害。
……なんだか、急に現実的な単語が増えてきた。
海が見えるということは、斜面に建っていることもある
考えてみれば当然だった。
海がきれいに見える場所というのは、平らな土地ばかりではない。
高いところに建っているからこそ、眺望がいい物件もある。
そうなると今度は、
この擁壁、大丈夫なのかな。
地震のときは?
大雨のときは?
土砂災害の区域には入っていない?
ということが気になってくる。
それまで私は、物件を見るとき、
間取り。
広さ。
庭。
景色。
値段。
そんなところばかり見ていた。
でも少しずつ、
「この家は安全なのか」
という視点が加わるようになった。
物件サイトを見る目が変わり始めた。
「海まで徒歩○分」が、急に怖く見えてきた
そして房総や海沿いの物件を見続けていると、
さらに気になる言葉が出てくる。
津波。
海抜。
高潮。
塩害。
最初は、
「海まで徒歩5分」
なんて書いてあると、
最高じゃん。
と思っていた。
犬と散歩できる。
朝、海を見に行ける。
夕方、砂浜を歩ける。
ところが津波のことを考え始めると、
同じ「徒歩5分」という数字が、まったく違って見えた。
海まで徒歩5分。
ということは、
災害のときにも、海が徒歩5分の距離にある。
そんな当たり前のことに、ようやく気づいた。
海が近いのは、いいことばかりではなかった
海沿いの暮らしには、津波だけではなく塩害もある。
潮風で車や金属部分が傷みやすかったり、家の設備にも影響が出たりする。
台風が来れば、
海の近くで大丈夫だろうか。
高潮は?
風は?
と心配することになる。
もちろん、海沿いに暮らしている人はたくさんいる。
災害対策をしながら、海辺の生活を楽しんでいる人もいる。
だから、
海の近くに住むこと自体が悪い
と思ったわけではない。
ただ、私はだんだん、
自分がそこに住んだときのことを想像するようになった。
地震が来る。
テレビをつける。
津波情報を見る。
海抜を確認する。
犬と猫をどうやって連れて逃げるか考える。
台風が近づけば、また天気予報を何度も見る。
そういう生活を思い浮かべたとき、
なんだか疲れてしまった。
憧れの場所と、安心して暮らせる場所は違う
海は好きだった。
今でも好きだ。
旅行で海辺に泊まるのもいい。
犬と砂浜を歩くのも楽しそうだと思う。
でも、
遊びに行きたい場所と、毎日暮らしたい場所は違う。
そのことを、このころ少しずつ理解し始めた。
海が見える家。
海まで歩いて行ける家。
最初はそれだけで憧れの物件だった。
でも物件をたくさん見るようになると、
私は景色より先に、
ハザードマップ。
海抜。
地形。
擁壁。
そんなものを見るようになっていた。
少し前まで、
「窓から海が見える!」
と喜んでいたのに。
人は変わるものである。
そして海への熱が、少しずつ下がっていった
海沿い物件を探すのを、その日突然やめたわけではない。
完全に候補から外したわけでもない。
ただ、
あれほど「海の近くがいい」と思っていた気持ちが、
少しずつ薄れていった。

海が嫌になったのではない。
心配しながら暮らす自分を想像すると、しんどそうだった。
それだけだった。
そして、住む場所に求めるものも少し変わってきた。
海が見えることより、
安心して眠れること。
冬の暖かさだけではなく、
夏の涼しさ。
観光地らしい華やかさより、
静かな自然。
そんなことを考えているうちに、
私はまた、高原の物件を眺め始めていた。
夫が最初から言っていた、
山のほうへ。
……カブトムシのためではない。
この記事のトピック
6000万円新築案はいったん撤回
- でも海辺暮らしへの憧れ自体はまだ残っていた。
房総だけでなく、海のある土地へ候補が拡大
- 伊豆
- 宮崎
- 沖縄
- 暖かくて広い住まいを探し続ける。
沖縄や宮崎の広い物件に再び心が揺れる
- 東京では難しい広さ。
- 暖かさと海の近さに魅力を感じる。
伊豆高原が“海+高原”の理想形に見える
- 海
- 緑
- 温泉
- 別荘地
- 山派の夫と海派の私の折衷案のように思えた。
物件を見る目が変わり始める
- 間取り・価格・眺望だけでなく、
- 傾斜地
- 擁壁
- 私道
- 土砂災害
なども気にするようになる。
「海まで徒歩○分」の意味が変わる
- 最初は最高のメリット。
- でも津波や高潮を意識すると、海の近さそのものが不安材料にもなる。
海辺特有のリスクを知る
- 津波
- 海抜
- 高潮
- 塩害
- 台風
- 景色のよさだけでは決められないと気づく。
“怖い”より“心配し続ける生活が疲れそう”と感じる
- 地震のたびに津波を気にする。
- 犬猫をどう避難させるか考える。
- その生活を想像して、海への熱が少しずつ下がっていく。
観光で好きな場所と、安心して暮らせる場所は違う
- 海が嫌いになったわけではない。
- ただ「住みたい場所」の条件が変わってきた。
物件探しに“災害リスク”という基準が加わる
- 景色よりハザードマップ。
- 眺望より地形。
- 土地選びの目が一段階変わる。
そして再び高原・山方面へ
- 海より安心感。
- 冬の暖かさだけでなく夏の涼しさ。
- 静かな自然を求めるようになる。


