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2026年8月初旬。
土地を探していると、ときどき妙に安い土地が出てくる。
広い。
自然がいっぱい。
木も生えている。
周囲に家も少ない。
そして、地目を見ると、
原野。
最初のころの私は、
「原野って、なんか自由そう」
と思っていた。
宅地ではない。
畑でもない。
山林とも少し違う。
なんとなく、
まだ何にも使われていない広い土地
というイメージだった。
しかも安いものがある。
これはいいのでは?
森っぽい場所に家を建てたい私たちには、むしろ向いているのでは?
ところが、物件写真を見ながら考えているうちに、ある疑問が出てきた。
これ、木を切ったらすぐ家を建てられるの?
「木を切る」だけでは終わらないらしい
土地に木が生えている。
家を建てる場所だけ切ればいい。
最初は、かなり単純にそう思っていた。
でも調べていくと、
木を切る。
それで終わりではない。
地面の中には、
根が残っている。
当たり前である。
でも私は、そこまで考えていなかった。
大きな木なら、大きな根がある。
その上に家を建てたり、
駐車場を作ったり、
庭を整えたりするなら、
根を取り除く必要が出てくることもある。
そこで初めて知った言葉が、
抜根。
伐採した木の根っこを掘り起こして取り除く作業だ。
私の頭の中では、
チェーンソーで木を切る。
終了。
だった。
現実は、
重機が登場した。
抜根したら、今度は穴が残る
根っこを取る。
すると当然、
そこには穴ができる。
その穴を埋める。
地面を均す。
場合によっては土を入れる。
締め固める。
そういう作業も必要になる。
つまり、
木を切る
↓
根を抜く
↓
穴を埋める
↓
土地を整える
という流れになる。
原野を見ながら、
「ここに家を建てたら素敵」
と思っていた私は、
だんだん、
「ここ、重機何回来るんだろう」
と考えるようになった。
ロマンが油圧ショベルに負け始めている。
そして出てきた「造成」
さらに土地を調べていくと、
今度は、
造成
という言葉が出てきた。
これも最初は、
土地を平らにすること、
くらいに思っていた。
でも実際には、
土地を削る。
土を盛る。
高低差を調整する。
排水を考える。
場合によっては擁壁を作る。
家を建てられる状態に整える。
かなり話が大きい。
写真では平らに見える土地でも、
実際には微妙な傾斜があったりする。
一部分だけ低かったり。
雨水が集まりやすかったり。
地面が柔らかかったり。
だから、
「見た目が平ら」=「そのまま家を建てられる」ではない
ということも知った。
安い土地には「準備費」があるかもしれない
ここで、以前から気になっていたことがつながった。
土地100万円。
土地300万円。
安い。
でも、
伐採。
抜根。
整地。
造成。
排水。
地盤改良。
進入路。
水道。
こういう費用が追加されたら?
土地そのものが安くても、
暮らせる土地にするまでのお金
は別にかかる。
つまり原野の値段を見るときは、
土地代だけではなく、
「家を建てられる状態にするまでいくら?」
まで考えないといけない。
またひとつ、
安い土地を見て無邪気に喜べなくなった。
でも、全部きれいにする必要はない
とはいえ、
原野だから敷地全部を造成しなければならない、
というわけでもない。
むしろ私たちが欲しいのは、
自然が残っている土地だった。
だったら、
家を建てる場所。
駐車場。
犬が走る場所。
畑。
そのあたりだけを整えて、
それ以外は木や草地を残す。
そんな使い方もある。
これはむしろ魅力的だった。
敷地全部を住宅地のように平らにする必要はない。
暮らす場所だけ作って、あとは森として残す。
それなら、
最初から自然がある原野にも価値がある。
ここでも、
「土地全部を使わなければ」
という考えが少しずつ変わってきた。
原野は「完成した土地」ではなく「素材」に近い?
このころから、
原野を見る感覚が変わってきた。
宅地なら、
ある程度、
「家を建てる場所」
として準備されていることが多い。
でも原野は、
場合によっては、
これから暮らせる形にしていく土地
なのかもしれない。
つまり、
完成品というより素材。
安いかわりに、
自分たちで作る余地が大きい。
もちろんその分、
手間もお金もかかる。
DIY好きなら、
ちょっとワクワクする。
財布はワクワクしていない。
原野を見るときに気になり始めたこと
このころから、
原野っぽい土地を見ると、
単に面積と値段だけではなく、
いろいろ確認したくなった。
家を建てたい場所に木がどれくらいある?
大きな木はある?
土地は平ら?
道路から重機は入れる?
雨水はどこへ流れる?
造成は必要?
抜根する範囲はどれくらい?
地盤はどう?
水道は?
そして、
この土地を「使える状態」にするまで、どれくらいかかる?
物件サイトの写真を見るだけなのに、
頭の中では重機が走り回っている。
ずいぶん変わった。
「安い原野」がダメなわけではない
ここまで書くと、
原野はやめたほうがいい、
という話に見える。
でも、そういうことではない。
安く買えて、
景色がよくて、
必要な部分だけ整備すればよくて、
それでも総額が予算内なら、
むしろかなり面白い土地だと思う。
自分たちで木を残す場所を決めて。
家の位置を決めて。
庭を作って。
少しずつ暮らしを作る。
私たちが考えていた、
「森を買うのではなく、森を作る」
という暮らしにも合っている。
ただし、
安いから飛びつくのではなく、
安い理由と、これから必要になる工事を見る。
それが大事だった。
草地を見る目まで変わってしまった
土地探しを始めたころ、
草や木が生えている土地を見ると、
「自然いっぱい!」
と思っていた。
このころには、
「この木、抜根する?」
「ここ造成必要?」
「重機入れる?」
になっていた。
人は短期間で変わる。
私は家が欲しいだけなのに、
とうとう根っこまで見るようになった。
でも、こういうことを知ったからこそ、
土地の安さだけに振り回されなくなった。
原野は、
何もない土地ではない。
これから何を残して、何を整えて、どう暮らすかを考える土地。
そう思うと、
原野を見る目も少し変わった。
安い土地の向こう側には、
まだ見えていない工事と、
まだ形になっていない暮らしが、
一緒に埋まっているのかもしれない。



