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Season 0|移住準備編

何も知らずに移住先を探し始めた私が、2週間で覚えたこと

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移住先を探し始めたころの私は、かなり無邪気だった。

森がいい。

薪ストーブが欲しい。

広い土地が欲しい。

できれば安い別荘。

犬が走れて、鳥が来て、庭でお茶が飲める家。

だいたいそんな感じだった。

物件サイトを開いて、

「森!」

「1000坪!」

「300万円!」

と喜んでいた。

非常に幸せだった。

それから、ほんの2週間ほど。

私は知らなくてもよかったような単語を、ものすごい勢いで覚えることになる。

最初は「家」しか見ていなかった

移住を考え始めたころ、物件写真で見る場所はほぼ決まっていた。

外観。

リビング。

薪ストーブ。

ウッドデッキ。

庭。

景色。

それだけ。

道路?

あまり見ていない。

水道?

出るでしょ。

土地の地目?

何それ。

擁壁?

読めるけど、人生で気にしたことがない。

そんな私だった。

ところが物件をひとつ調べるたびに、知らない言葉がひとつ増える。

2週間で覚えた言葉たち

気づけば私は、

接道。

私道。

造成。

擁壁。

高低差。

伐採。

抜根。

上水道引き込み。

井戸。

浄化槽。

管理費。

除雪。

地目。

農地転用。

山林。

原野。

断熱。

ハザードマップ。

そんな言葉を普通に使うようになっていた。

私は森の家が欲しいだけなんだけど。

なぜこんなことになった。

不動産用語に汚染される速度が早すぎる。

「安い!」のあとに考えることが増えた

最初は土地の値段を見ていた。

100万円。

安い!

300万円。

これも安い!

でもそのうち、

「水道は?」

「造成必要?」

「道路は?」

「下水は?」

「伐採いくら?」

が続くようになった。

土地代が安くても、暮らせる状態にするまでにお金がかかる。

逆に少し高くても、

平坦。

接道良好。

上下水道あり。

造成不要。

なら、総額では安く済むかもしれない。

私はようやく、

安い土地と、安く暮らせる土地は違う

と知った。

「広い!」のあとにも考えることが増えた

次は面積。

1000坪。

2000坪。

3000坪。

最初は数字が大きいほど喜んでいた。

ドッグラン。

畑。

果樹。

森。

小屋。

なんでもできる!

でも、そのうち、

斜面はどれくらい?

平坦地は?

農地は混ざってない?

家のそばで使える場所は?

誰が草刈る?

となった。

広い土地が欲しいと思っていたけれど、

本当に欲しかったのは、

暮らしに使える余白

だった。

「森!」にも条件がついた

最初は、とにかく木がたくさんある土地がよかった。

森の中に家がある。

それだけで理想だった。

でも、

斜面。

倒木。

伐採。

根っこ。

造成。

日当たり。

管理。

そんな現実を知ると、

考え方が少し変わった。

最初から森でなくてもいい。

平坦で暮らしやすい土地を買って、

あとから木を植えていけばいい。

そこで気づいた。

私が欲しかったのは山林ではない。

暮らせる森だった。

管理費にも文句を言わなくなった

管理別荘地を見ると、

年間管理費。

当初の私は、

「高い!」

と思っていた。

普通の土地なら管理費ゼロなのに。

そう思っていた。

しかし、

道路。

水道。

ごみ。

除雪。

倒木。

私道。

そんな問題を知ったあとでは、

管理費の見え方も変わった。

管理費を払わなければ、

管理そのものがなくなるわけではない。

自分でやることになるだけ。

そこで初めて、

「この管理費で何をしてくれるんだろう?」

と考えるようになった。

金額だけではなく、

中身を見るようになった。

別荘を見る目も変わった

森の中の別荘。

薪ストーブ。

ロフト。

小さなキッチン。

急な階段。

これも最初は全部魅力的だった。

今でも好きだ。

でも、

3泊なら最高でも、

3年暮らすとなると話は違う。

収納は?

洗濯は?

冬の暖房は?

買い物は?

浴室は?

毎日の生活を想像するようになった。

「旅行なら最高」と「暮らしたい」は同じではない。

これも、土地探しを始めるまで考えたことがなかった。

そして、家より土地を見るようになった

最初は建物ばかり見ていた。

古民家。

ログハウス。

平屋。

木の家。

でも最後には、

道路。

日当たり。

隣家との距離。

水道。

地形。

眺望。

土地の形。

そんなところばかり見るようになった。

なぜなら、

キッチンは替えられる。

壁も直せる。

床も直せる。

間取りもある程度変えられる。

でも、

道路は動かない。

隣家も動かない。

山も動かない。

土地は動かない。

だから、

理想の家より、理想の家を置ける場所

を探すようになった。

知識が増えたら、夢が小さくなると思っていた

現実を知れば知るほど、

夢がしぼむのかなと思っていた。

実際、

「あれは無理かも」

「これはお金がかかる」

「ここは難しい」

ということは増えた。

でも不思議なことに、

夢そのものは小さくならなかった。

むしろ、

何が欲しいのかが、少しずつはっきりしてきた。

森が欲しい。

ではなく、

暮らせる森が欲しい。

広い土地が欲しい。

ではなく、

使える余白が欲しい。

安い土地が欲しい。

ではなく、

無理なく暮らせる土地が欲しい。

理想の家が欲しい。

ではなく、

理想の暮らしを置ける場所が欲しい。

ずいぶん変わった。

2週間前の私へ

もし、土地探しを始めたばかりの私に何か言えるなら、

たぶんこう言う。

森を見て喜んでいい。

薪ストーブにもときめいていい。

3000坪を見て夢を膨らませてもいい。

ただ、そのあとで、

道路を見て。

水道を見て。

土地の形を見て。

周りを見て。

そして、

そこで毎日暮らす自分を想像してみて。

それだけで、物件の見え方はかなり変わる。

とはいえ、

2週間前の私にそんなことを言っても、

たぶん聞いていない。

薪ストーブを見ているから。

何も知らなかったから、ここまで来られたのかもしれない

移住探しを始めたとき、

私は本当に何も知らなかった。

だからこそ、

あれもいい。

これもいい。

と好き勝手に夢を広げられた。

そこからひとつずつ現実を知って、

条件を減らしたり。

増やしたり。

考え直したり。

また夢を足したり。

ずいぶん迷走した。

でも、その迷走のおかげで、

「どこに住みたいか」より先に、

「どう暮らしたいか」

が見えてきた気がする。

最初に探していたのは、森の中の安い家だった。

今探しているのは、

犬が走れて。

鳥が来て。

木を植えられて。

空が広くて。

毎日暮らしても疲れない場所。

そこに、自分たちの家を作る。

たった2週間。

でも、

物件の見方はずいぶん変わった。

そしてたぶん。

移住先探しの迷走は、

まだ始まったばかりだった。