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土地探しを始めたころ、私はとにかく広い土地に惹かれていた。
1000坪。
2000坪。
3000坪。
数字が大きいほど、夢も大きくなる気がした。
犬を走らせたい。
畑もしたい。
果樹も植えたい。
薪棚も欲しい。
小屋も建てたい。
できれば森も欲しい。
人間の欲望は、土地が広くなると急に元気になる。
「3000坪もあったら、なんでもできるじゃん!」
そう思っていた。
でも、物件を見続けているうちに、だんだん気づき始めた。
広い土地と、使える土地は同じではない。
3000坪あっても、全部使えるとは限らない
物件情報に「敷地3000坪」と書いてあると、最初は単純にすごいと思う。
でも実際には、
斜面だったり。
森だったり。
細長かったり。
道路から遠かったり。
高低差が大きかったり。
農地が混ざっていたり。
家からかなり離れた場所だったり。
ひとことで「3000坪」と言っても、中身は全然違う。
地図では広い。
数字でも広い。
でも、
「じゃあ、このうちどこを日常的に使うの?」
と考えると、急に話が変わる。
平らな100坪のほうが、使いやすいこともある
たとえば、
3000坪あるけれど、家の周りの平坦地は100坪。
一方で、
500坪しかないけれど、ほぼ全部が平坦で使いやすい。
この二つを比べたら、暮らし方によっては後者のほうがずっと自由かもしれない。
車を置く。
犬を走らせる。
畑を作る。
ウッドデッキを作る。
薪を置く。
庭木を植える。
こういうことに必要なのは、
「土地の総面積」より、
家の近くにどれだけ使える場所があるか
だった。
これは意外と大きな発見だった。
広ければ自由、ではなかった
私は最初、
土地が広ければ広いほど自由だと思っていた。
でも実際は、
広くても自由に使えない場所はある。
斜面なら造成が必要になるかもしれない。
木が密集していれば伐採も必要。
土地の形が悪ければ、建物や駐車場を配置しにくい。
農地なら、好き勝手に何でも置けるとは限らない。
山林なら、管理も必要になる。
つまり、
面積が増えるほど、自由が増えるとは限らない。
場合によっては、
管理する場所だけ増える。
なんとも夢のない話である。
「広い!」の次に「誰が草刈るの?」が来る
土地探し初期の私は、大きな数字を見るとすぐ喜んでいた。
「2000坪!」
「すごい!」
「3000坪!」
「最高!」
しかしある程度見続けてくると、
別の声が聞こえるようになった。
その草、誰が刈るの?
未来の私である。
広い土地は、持っているだけで終わらない。
草が生える。
木が伸びる。
枝が落ちる。
場合によっては倒木もある。
害獣対策が必要なこともある。
境界も確認しなければならない。
広い土地は夢を増やす。
そして仕事も増やす。
非常に公平だ。
欲しいのは「土地」ではなく「暮らしの余白」
ここで少し考え方が変わった。
私は本当に3000坪欲しいのか?
それとも、
犬が走れる庭。
小さな畑。
果樹。
木陰。
薪棚。
少し離れた場所に小屋。
そんなことができるスペースが欲しいだけなのか。
考えてみると、後者だった。
つまり私は、
「広大な土地」が欲しいのではなく、
暮らしに使える余白
が欲しかった。
これはかなり違う。
土地の形も大事だった
面積だけでなく、形も重要だった。
同じ500坪でも、
四角に近い土地と、
細長い土地では使い勝手が違う。
道路に面している場所が少なければ、車の出入りもしにくい。
家を建てたら庭がほとんど残らない配置になることもある。
逆に、
少し狭くても、
家。
駐車場。
庭。
畑。
全部を無理なく配置できる土地なら、暮らしやすい。
このころから私は、
「何坪あるか」
よりも、
この土地に、どう暮らしを配置できるか
を見るようになった。
「使えない土地」にも魅力はある
もちろん、斜面や森が全部ダメというわけではない。
むしろ、
家の裏に森がある。
敷地の一部が雑木林。
斜面に大きな木が残っている。
そういう土地は、景色としてはすごく魅力的だ。
鳥も来る。
夏は涼しい。
窓から森が見える。
ただし、
「使える土地」
と
「眺める土地」
は分けて考えたほうがよさそうだった。
全部を庭として使おうとしなくてもいい。
ここは暮らす場所。
ここは森。
ここは眺めるだけ。
そうやって役割を分けるなら、広い土地も面白い。
広さを見るより、配置を想像する
このころから物件を見るとき、私は頭の中で勝手に配置図を作るようになった。
家はここ。
車はここ。
犬はここ。
畑はここ。
木を植えるならここ。
薪棚はここ。
そのとき、
「あれ、この土地、広いのに置くところないな」
となる物件もあった。
逆に、
「思ったより狭いけど、全部入るじゃん」
という土地もあった。
土地の価値は、
数字だけではわからない。
どう使えるかを想像して、ようやく見えてくる。
欲しかったのは、広さではなく「使える余白」
最初のころ、私は広い土地に夢を見ていた。
広ければ広いほどいい。
できれば1000坪以上。
3000坪あったら最高。
でも、だんだん基準が変わった。
必要なのは、
ただ広い土地ではない。
家を建てても、まだ余白が残る土地。
犬が走れて。
木を植えられて。
少し畑ができて。
外でお茶を飲めて。
「あそこに何か作ろうかな」と考えられる土地。
つまり、
欲しかったのは広い土地ではなく、ちゃんと使える余白だった。
土地探しを始めたころは、
坪数を見ていた。
今は、
その土地の中で人がどう動くかを見るようになった。
また少し。
物件情報の数字に、素直に喜べない人間になってきた。



