本文へ移動
Season 0|移住準備編

土地は坪単価で比べちゃダメ。“安い土地”と“安く暮らせる土地”は別物

目次目次を閉じる

土地探しを始めたころ、私はかなり素直に物件価格を見ていた。

100万円。

安い。

300万円。

これも安い。

500万円。

まあ安い。

1000万円。

ちょっと高い。

非常にわかりやすい。

さらに土地の広さを見る。

500坪。

1000坪。

3000坪。

「え、この値段でこんなに広いの?」

となる。

地方の土地、すごい。

東京では到底考えられない価格だ。

最初のころの私は、完全にそう思っていた。

でも土地を見続けるうちに、だんだん気づき始めた。

土地の値段は、“そこで暮らせるようになるまでの値段”ではない。

100万円の土地は、本当に100万円なのか

たとえば、100万円の土地があったとする。

広い。

景色もいい。

自然もいっぱい。

「これはお買い得では?」

と思う。

ところが詳しく見ていくと、

水道がない。

下水もない。

道路が細い。

土地に高低差がある。

木がたくさん生えている。

建物を建てる場所が平らではない。

場合によっては農地だったりする。

すると、

水道を引く。

浄化槽を入れる。

造成する。

木を切る。

根を抜く。

駐車場を作る。

進入路を整える。

必要なら農地転用もする。

……あれ?

100万円の土地なのに、やることが多い。

土地には「買ったあと」がある

物件情報に載っているのは、基本的に土地そのものの価格だ。

でも実際に暮らすには、その土地を生活できる状態にしなければならない。

ここが大きかった。

土地代が安くても、

家を建てる前に数百万円。

条件によってはもっと。

そんなこともある。

一方で、土地価格が少し高くても、

平坦。

接道良好。

水道あり。

下水あり。

造成不要。

すぐ工事に入れる。

そんな土地なら、最終的にはこちらのほうが安く済む可能性がある。

つまり、

「安い土地」と「安く暮らせる土地」は別物なのだ。

坪単価だけでは何もわからない

土地を探していると、つい坪単価を見てしまう。

坪○万円。

安い。

高い。

でも広い土地ほど、この考え方は危ない気がしてきた。

たとえば、

1000坪で300万円。

坪3000円。

ものすごく安い。

でもその1000坪のうち、

家を建てられる場所がどれくらいあるのか。

車を置ける場所はあるのか。

斜面ではないのか。

崖ではないのか。

木を切らなければならないのか。

水は来ているのか。

そこまで見ないと、実際の価値はわからない。

坪単価が安くても、

使えない坪が900坪

だったら、話はだいぶ変わってくる。

数字って、ときどき景気よく人を騙す。

いや、数字は何も悪くない。

勝手に喜んでいるのは私だ。

造成費という見えない土地代

土地探しをしていて、何度も出てきたのが「造成」という言葉だった。

最初は正直、あまり深く考えていなかった。

土地を平らにするんでしょ?

くらい。

でも、

土を入れる。

削る。

擁壁を作る。

排水を考える。

重機を入れる。

工事車両が入れる道も必要。

そうなると当然、お金がかかる。

しかも傾斜が大きかったり、条件が悪かったりすると簡単な話ではない。

私はだんだん、

「安い斜面の土地」

を見ると、

「安い!」

ではなく、

「造成いくらだろう」

と思うようになった。

成長した。

嬉しくない方向に。

水道が来ているだけで、土地の価値が違って見えた

土地探しを始める前、水道の有無をそれほど重要視していなかった。

水道なんて普通あるでしょ。

都会育ちの発想である。

ところが地方の土地を見ていると、

上水道なし。

井戸。

共同水道。

本管から引き込み必要。

という土地が普通に出てくる。

本管が遠ければ、引き込み工事にも費用がかかる。

すると今まで、

「土地500万円、高いな」

と思っていた物件でも、

上下水道がすでに来ている。

道路も問題ない。

造成もほぼいらない。

となると、

「……むしろ安いのでは?」

となってくる。

価値観の手のひら返しが忙しい。

広い土地ほど「維持費」も考える

さらに土地には、買ったあともお金がかかる。

草刈り。

木の剪定。

倒木処理。

除雪。

私道補修。

排水管理。

広ければ広いほど、管理する面積も増える。

最初は、

「3000坪!」

と聞くと夢が広がった。

ドッグラン。

畑。

果樹。

森。

小屋。

なんでもできる。

でも次第に、

「その3000坪、誰が草刈るの?」

という現実的な声が頭の中から聞こえるようになった。

主に未来の私から。

安さは「土地代」ではなく「総額」で見る

このころから私は、土地を見るときに、

物件価格だけではなく、

ここで暮らし始めるまでに、全部でいくらかかる?

と考えるようになった。

土地代。

仲介手数料。

登記。

造成。

水道。

下水。

浄化槽。

伐採。

抜根。

外構。

地盤改良。

道路。

その他もろもろ。

土地によって必要なものは違う。

だから単純に、

300万円の土地は安い。

1000万円の土地は高い。

とは言えない。

300万円+整備1000万円。

1000万円+整備100万円。

なら、後者のほうが安い。

しかも工事の手間も少ない。

「安い土地」を探していたはずが

最初の私は、できるだけ安く土地を買いたかった。

広くて。

自然があって。

できれば数百万円。

そんな土地を見つけると嬉しかった。

でも調べれば調べるほど、

価格だけで土地を選ぶことが怖くなった。

安いには理由があることもある。

高いにも理由がある。

もちろん、本当にお買い得な土地もある。

でも少なくとも、

物件価格だけでは、お買い得かどうかは決められない。

欲しいのは「安い土地」ではなく「安く暮らせる土地」

ここまで調べて、ようやく考え方が変わった。

私が欲しいのは、

坪単価の安い土地ではない。

物件価格が最安の土地でもない。

無理なく家を建てられて、無理なく維持できる土地。

つまり、

安く買える土地ではなく、安く暮らせる土地。

土地選びを始めたころは、

値札を見ていた。

今は、

その土地の未来の請求書まで想像するようになった。

私は家が欲しいだけなんだけど。

気づけば、水道管と造成費を気にする人間になっていた。

不動産用語に汚染される速度が、思ったより速い。